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2001年6月1日(金) NYのホテル
まだ、NY行きが決まらない。なるべく安いツアー(航空券+ホテルのシンプルなもの。ただし、1人部屋追加料金が結構かかる)にするか、往復航空券とホテルをバラ買いするか。ところが、ロンドンの宿が安く感じられるぐらいNYのホテルは高い。税込み1泊1万円以下のシングルなんて、どこを探してもない。ツアーのホテルは年間契約とかで交渉のすえ安くなっているわけで、個人で1週間程度じゃ高くてもしかたがないのだが。イギリスのときに利用した会社から「ひとり旅」の企画で13万円台が出ていて、結局ここが一番安くつきそうだ。それにしても、ちょっと予定外に高い気がする。このあととある会社の広報部門にインタビューの申し入れをしなくてはいけなくて、あんまりのらりくらりもしていられないから、来週早々決めてしまうつもり。

2001年6月2日(土) バリベビー
前にアップした公園で生まれたバリケンの赤ちゃんを見に。トコトコ歩いてかわいい。まだ黄色いのもいれば、かなり黒くなっているのも。つかまえて、さわってしまった(笑)。あわてふたいめいて、一生懸命に親を呼んでいる。そのうち全部が黒光りのバリケンになっちゃうとは思いたくないぐらいかわいい。




2001年6月3日(日) Yahoo!
これまで何度も何度も申請したのだが、全然相手にされなかったYahoo!  どこをどう充実させたら登録されるんだか、こちらのほうが聞きたいぐらいだった。が、土曜日にメールが来て「掲載が決まりました」とのこと。いきなり戸惑う(笑)。ジャンルはホーム > 生活と文化 > グルメ、ドリンク > シェフ、料理研究家となった。実はこれ、最終兵器(?)で登録件数の少ないジャンルを申請したもの。なにはともあれ、めでたし(最近の登録は、なんだか企業や地域の公式ページが優先されているような気がしてならない。すでに多くの登録があれば掲載されないのも不思議)。

2001年6月4日(月) 人生いろいろ
昔、めっちゃ落ち込んでいるときに「人生、山あり谷あり、生きてりゃなんかいいことあるさ」と父に言われた。そのとき真夜中の電話口で思いっきりメソメソしてしまった。なんか染みる言葉だったのだね。どうやら目下、谷底を徘徊中のワタクシ。年内に引っ越しして、心機一転やってみようかなとも考えている。そういうわけで、そういうカマタもあるわけで。去年解約した生命保険が全財産(このトシにしたら少なすぎかあ)。もう失うものなんかないじゃん。あとはアタマと体力だ。

2001年6月5日(火) 崩壊
机回りが崩壊している。キレイにしたいのだが、それどころでないときのほうが多い。作る作業は楽しいのだけど、片づける時間を確保していない。これまマズイと思うのだが、こまごましたことは予想以上に時間のかかるもので、今回ポストカードをつくるにあたり、しみじみ思った。デザイナーのおかもとけんさんに尻を叩かれつつ(といっても、実際に叩かれているわけではないが)何点か候補をあげるだことの、サイズがダメだことの、切手面のデザインの要望だとか、次から次にメールが届く。でも、こうした作業を経て、完成度の高いものに。14日にできあがってくる。けんさん、いつものことながら、ありがとうなのだ。

2001年6月6日(水) 桑の実
桑の実がたわわに実っている。指先をむらさきに染めながら採る。ジャムにするぐらいとるのは大変。だからつい生食。でも、おいしいからいい。桑の実の楽しみを知ったのは、つくばに来てから。そのあと、各地で少しずつ「桑の実ジャム」とかが製品化されていった。傷みやすい果実なので、おそらく生の実の流通はムリ。田舎に住む楽しみだと思うと、流通しない方がよかったりもする(ただのヘソ曲がりではないか)。

2001年6月7日(木) Dランク
ニューヨーク行き、申し込みの電話をしたら「ホテルがDランクなのですが、女性のかたでしたらCランクをおすすめしてますが」とのこと。どっちみち、ロンドンより悪いことはないと思われたが、念のため1日だけ返事を待ってもらうことに。航空券の手配をとりあえずしてもらった。


2001年6月8日(金) 曲芸師
やっぱりバクチ的にDランクにしてみた。なんとかなる。決めたのが14:43で、電話したら「入金の確認後でないとホテルの手配ができないと言われる。終末をはさむ。冗談じゃない。今日中に何が何でも入金するから。14:44家を出て→郵便局でお金をおろし→銀行のATM でいったん入金のあと送金。14:59完了。まるで曲芸師のような技。へろへろ。

2001年6月9日(土) 安上がりな休日
5月20日に田植えをしたのだが、今日は様子を見に行った。遠目に見るとマルチした紙は気がつかない。よそよりもずっと遅く田植えをしたのも、かなり成長が早い気がする。雑草は見あたらない。用水路に入ってザリガニとりなどして遊んだ。昼食は蕎麦。それから桑の実とり。夜、ジャムにする。安上がりな休日だった。

2001年6月10日(日) 笑う英会話
図書館で「笑う英会話」を借りて、その場から読み始め、歩きながらも読んでいた。そういえば乗り捨てされたような大型バイクが敷地内にあったので気になり、交番でそのことを話した。地図を出されたので、それで説明し、あまりのたばこ臭さに頭がどうかなっていたので、そそくさと立ち去った。あとで本をどこかに忘れたのに気づき探し回る。交番の中にあったとさ。しかも、誰もいないので本は受け取れず。こっぱずかしい本を読んでなくてよかった。バイクはどうも廃車になったのが捨てられたらしい。役所に申し込んで取りに来てもらうようにとのことだった。東南アジアならきっとこの先何年も愛用されるに違いないバイクだ。なんとかならないものだろうか。地球規模で回していけたらどんなにいいだろう。そのあと無事に本は私の手に戻って、イッキ読み。[話せる夫]町田仁志+[話せない妻]まついなつきという、とんでもコンビの本である。町田仁志があまりにも私と同じような考え方なので、ゲラゲラ笑いっぱなしで読む。不謹慎な読者だ。ははは。あ、いいのかこれで。




2001年6月11日(月) 綱渡り
スケジュールがかなりタイトになってきたので、毎日、必ずやらなくてはいけないこと、できればやること、気がむいたらやること---などのランクに分けてスケジュール管理するようにしてみた。面白いようにコトが運ぶ。これは実は落とし穴なのかもしれない。怪しんでおいたほうが、あとのへこみ方が少なくて済む。

2001年6月12日(火) Cランク
HISから電話。「Dランクのお申し込みでしたが、今回、Cランクがおとりできましたんで〜。料金はDのままで結構です〜」あ、こりゃどうも結構なお電話をありがと〜♪ 26000円、得してしまった。でも航空会社がどこに決まったのか聞き忘れたし、時間のことも一切確認しなかった。マヌケもいいところ。ま、明日か明後日には一式着くと言っていたので、それを待とう。いまさらどうしようもないし(って、考えたらいい加減すぎ?)。

2001年6月13日(水) 新製品
生協で開発プロジェクトに加わってあーでもない、こーでもないとやっていたものが、とうとうパッケージに着手。ほぼデザインがかたまったので、午前中、メンバー4人で印刷屋さんと打ち合わせをした。仕事柄、印刷物の版下は見慣れているのだが、袋物(ポリエチレン)となると、まったく違う。いろいろ話を聞いて、ずいぶん勉強になった。これからツメの作業はプロの方にしていただくとしても、いつの間にやらトンボまでうてるようになっていた自分が恐ろしい。またしても、どたんばりき。これまでにない路線のデザインになりそう。


2001年6月14日(木) 重いですよ
朝8時半、宅急便のお兄さんがやってきた。ポストカードをよいしょこらしょと引っさげて。かなり重かったのだろう。渡すときに「重いですよっ」とマジな顔(笑)。エレベータなくてスマンです。ちょっとびっくりだったのが、テディベアの毛の1本1本まで美しく再現されていることで「食」じゃなかったけど、これも1枚に選んでおいてよかった。日向夏はインパクト、フルーツケーキもいい感じ。ストロベリーがややくすんで、ちょっと欧米タッチの仕上がり。これはこれで大人のポストカード。にんまりして仕事が手に着かない---と書きたいが、あいにく〆切が。



2001年6月15日(金) 手紙
日頃ご無沙汰してしまっている人へ、ポストカードができたお知らせやら近況やらを伝える手紙を書く。とはいうもののかなりの量なので、ごあいさつ的な部分はパソコンでプリントアウトして、余白を大きく取ってそこに直筆で。郵便物の回収時間にあわせてポストへ走る〜。1日2回しかないのがやっぱり東京とは違う。

2001年6月16日(土) プリッツエル
久しぶりにアンデルセンに行ったら、新製品がけっこう並んでいた。一目で気に入ったのが、カットした黒オリーブが入ったプリッツエル。2つ買って1つは移動中にお腹におさまり、ひとつは食べたいゴコロを押さえつつ、なんとか持ち帰ってきた。そうそう、チョココロネのチョコが全然チョコじゃなかった。なんというか、不思議なチョコレート色をした物体。悲しすぎ。


140円也。右下、囓ったあとが(笑)。

2001年6月17日(日) ダメモード
昼間っから飲んだくれる。日本酒、ききすぎ、おいしすぎ(笑)。

2001年6月18日(月) うきうき
6月の終わりに去年インド料理を食べに行ったメンバーと再会。10数年前に私がちょこっと在籍していた職場の人。それぞれに忙しく、全然日程調整ができない。T君がようやくまとめてくれた。去年のインド料理もすごくよかったけど、今年のタイ料理(屋台らしい)も楽しみ。久しぶりのタイ語だけど、だいじょーぶか?(というよりも、タイ語は通じる?)

2001年6月19日(火) 酢で元気
なぜか急に玄米黒酢を飲みたくなった。去年もこの時期、たしか飲んだように思う。ただし、ドリンクになっているものはカラのペットボトルばかり増えていやだ。そこで今年は酢と家にあったハチミツをテキトーに合わせて水で割り、氷を浮かべて飲んでみた。イケルイケル(ただし評価には個人差がかなりあると思われる)。よし、今日もこれで元気だ。などとつぶやいていたら、悪友が「あんたこれ以上ゲンキにならんでエエわ」ときたもんだ。キツイな(笑)。ニューヨークに行く前になんとかせねばと、残っていた3日分(2日とちょっと)の「カマタ式英国遊歩紀行」に手をつける。画像が70枚ぐらいになり、なんども気分転換をしながらガシガシとまとめていった。むこうでかなりの部分を書いてきているのだが、画像をWeb用のコンパクトサイズにする際に細かいところまでチェックを入れていくと、あれもこれもと際限のない加筆状態に突入するのだった。

2001年6月20日(水) 黒がない
どうしても完成させないといけない黒一色の書類があって、それはプリントアウトして渡すのだが、なんと途中で黒インクがなくなり、それでもだまくらかして印刷していたが、今度はだまくらかしているのがバレているのか、にじみが生じる。こんなときにストックがないなんて! 速攻で注文を入れたものの、届くのは明日。で、ひらめいたのだ。色には限りなく黒に見える黒ではない色があって、これをプリンターのプロセスカラーでやればいいんじゃん。ひゅー、冴えてる。さっそく[C=100,M=100,Y=100]でやってみたらOK。見た目は黒、じつは黒以外の3色カラーね。これで無事に乗り切る。安堵。午後、買い物に出る。仕事で使えそうなものをいくつか仕入れた。洋服をみたが、気に入った形の気に入った色は取り寄せだという。そろいのカーディガンを合わせてみるととてもよかったのだが、明日には届きますからと言われても、明日も来る元気がないのであきらめる。帰ってきてから仕事の続きやら、雑用やら、植物のお世話をお願いする人にひきつぎとか、なんだかんだ追われる。お酢のドリンクに支えられているようなものだ(笑)。

2001年6月21日(木) 入院
ソファーで仮眠した後、仕事。真夜中なので写真は撮れないのだが、もう取り上げる題材は決まっているために、先に原稿だけ書く。午前9時過ぎから元気よく撮影。合間合間にネットでニューヨークの検索を。必要なものをどんどんプリントアウトする。100枚は超えた。いったいいつ読むのか(笑)。とうとうグリーンマーケット情報(ユニオン・スクェア以外にも16か所ほどあるらしい)の情報が得られなかったので、ニューヨーク州観光局の公式サイトにアクセスし、メールを送った。20時間以内の返事は日本あてにメールかFAXで。それ以降なら滞在先のホテルへFAXしてほしいと。エキサイト翻訳の精度がだんぜんよくなっていて、ありがたく使わせてもらった。14時過ぎにすべての仕事を終えて燃え尽きる。まだ荷物には何も手をつけていない。プリンターを修理に出すため、知り合いが用事を終えたその足で立ち寄ってくれることになっている。それまで2時間半。銀行にも行かないといけないし(現在のサイフの中は2500円だ。よく平気でいられるな。もっとも家から出ないからなんとかなる)。愛用車は空気が漏れていて使用不可。どうも虫ゴムがやられているらしい。だから歩いて買い物へ。くるぶし丈のストレッチパンツとタンクトップを買う。なんたって30度なんだからタンクトップは必需品と思われる。私は21年前に初めての海外を経験したときから、なぜか旅行直前に身につけるモノ(衣料品)を買ってそれを旅行に持っていくと、すごくいいことがあるのだ。一昨日、革のサンダルを買ってみた。すぐさま履きだして慣らしにかかる。今日もそれで4キロ以上歩いた。たぶん大丈夫。今日もダメ押しでお買い物♪ 17時半すぎ、プリンタを修理に持ち込むと、サンプルでつけたダメダメプリントアウトを見るなり「ヘッドの交換になりますね。たぶん1万円ぐらい」。げ! でも、いない間に修理が終われば完璧。プリンタなしでは生活できないので、涙をのむのだ。ということで、プリンタの入院が決定。帰宅後、ビールを飲みながらちまちまと、買ってきたタンクトップに、これまた買ってきたストラップがずれない細工を縫いつける。結局スーツケースはからっぽのままソファーで仮眠。

2001年6月22日(金) 念力乾燥
真夜中に始動。電話の転送を切るのに久しぶりなので取り扱い説明書を手にしてうなる。なんとか大丈夫そう。今どき仕事の依頼は電話ではこないので、メールさえ生きてくれていれば大丈夫だ。明け方、どの長袖を持っていくか悩む。当初予定していたのは花柄のしょーもないやつで、なんだか似合わない。タンスをあけたらしばらく着ていないゴルチエの長袖シャツがあり、それが絶対にいいのだと脳味噌の中をぐるぐる。しかし着るにはややカビっぽいような湿気たニオイが(笑)。午前5時半にジャブジャブ洗濯する女(計画性のみじんも感じられない)。脱水してハンガーにつるし、真下に除湿器を置いて、連続モードにしておいて吹き出しの風が直接あたるようにした。乾け〜!(念力が入る) おおおー、1時間で7割方は乾いた。上下をひっくり返し、さらに念力乾燥。これで行くことに決定。あきれるなんてもんじゃない。ゴミだしと、運べない植木にたっぷり水と、洗濯と。フィガロ・ジャポンのニューヨーク特集の地図があまりにも小さくて前回のロンドンのときに使えなかったので、これから拡大カラーコピーをとりにコンビニに行くのだ。濃い朝だなあ。

----ということで出発です。続きは帰ってきてからね----

2001年6月28日(木) 帰国
夕方成田に到着。18:45のつくばセンター行のバスチケットを購入して、45分間の間に宅配の会社にスーツケースを送る手配をしたり、電話を済ませたり、飲み物を購入したり。あせらずゆったりの待ち時間でよかった。バスの中で爆睡してリフレッシュ。センターに到着した後、5分ぐらいの待ちでローカルなバスに乗り換え。順調に帰宅した。うわー、暑い。いきなり、も・わ〜ん! 室温は夜だというのに30度を軽く超えて地獄。足の踏み場もないほど汚れてるし、もういっぺんNYへ帰りたい気分に(爆)。

2001年6月29日(金) ニマニマ
朝一番でスーツケースが到着。早速洗濯。それから荷物の仕分け。空港からの宅配は少し高いが、私の部屋まで階段を使ってえっちらおっちら上げないとダメなことを考えれば、これほど便利なことはない。行きはともかく、帰りに使うのは調子がいい。荷ほどきによって部屋の中がさらにひどくなる。暑いのも手伝って、何もする気になれない。お皿やボウルの類は、すべて無事だった。包みをほどくたびにニマニマ。ディーン&デルーカ、こちらのマグも大丈夫だった。それにしても空港にショプがあったのだから、もっと買ってきてもよかったような。稼いでまた出かけよう。今度はどこだろう(ああ、すっかりハマっている)。

2001年6月30日(土) セール、そしてタイ料理
11時ちかくの高速バスで東京へ。上野で下車して少しぶらぶら。そのあと有楽町へ移動。セール初日ですごい人。西武→数寄屋橋阪急→有楽町阪急と見て歩く。数寄屋橋阪急の1階にキャトルセゾン私の部屋があるのだが、面積も増えて内容充実(前に入っていた輸入食材の店はあっけなく撤退していた)。キャトルセゾンでノート、ガラス皿など購入。そのあと西武でミュールを購入。有楽町阪急のボードを見たら「7階改装前のセール」とあって、エレベータで急ぐ。プロパーものが展示品限りということで2〜3割引になっていた。ちょっとだけ(?)購入。家庭用品、キッチン用品フロアの改装前セールは危険きわまりない(爆)。そのあと新大久保に移動。10数年前にちょこっとだけ在籍していた会社の仲良し4人組(女3、男1)で屋台のタイ料理を満喫。R子ちゃん行きつけの店で死ぬほどおいしかったが、ひとりお嬢様系のEさんがいるので、彼女がこの環境と辛さにどこまで耐えられるのか、興味津々だったりもした。やっぱりというか、期待通りというか、Eさんはまずは入ってくるのに躊躇し(まさかここじゃないよねーと、通り過ぎたらしい)、合流できたあとも「辛くないものも注文しよう」とか、さすが。「いつかタイに行きたいねー」とみんなで言ったのだが、私は心底彼女が行けるのかどうか心配だ。それでも、この1年数か月のうちに彼女はいくらかお嬢様度がパワーダウンしていて、ユニクロの袋なんかかかえて登場したのにはびっくり。でも「この前、ユニクロで2万3千円も買い物しちゃったよー」と豪語していた。「いったい何を買えばそんな額になるのよ!」とツッコミを入れると「色違いでずらーっと揃えたの」。さすがだ。なんだかよくわからないけど、さすがだと思うのだった。たんまり食べてジョナサンへ移動。軽くお茶して22時をまわり、私だけひとり寂しく帰途へ。22:50の高速バスに乗ったはいいものの、自分の降りるバス停を見事に爆睡していて乗り過ごし、気がついたらいくつか先のバス停だった。そんな時間帯に流してるタクシーなんかないわけで、40分間、歩いて帰宅。夜風にのって甘い香り。八重のクチナシが満開だった。乗り過ごしはバカみたいだったけど、それがなかったらクチナシの香りをまとって歩くこともないなあ、などと詩的に夜道を帰ったのだ。ちょっと得した気分。


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